人生が二度あれば

今年も晴天の永代経であった。
美味しくお斎のお弁当もでき。
本堂でのお勤め。
講師のお話。
色々なことに追われ実は法要のときお参りすることができない。
今年は前坊守の7回忌のお勤めもあった。
法要前たまたま孫と本堂に行き、ご門徒さんがお焼香をとっているのを見て、初音まだお焼香してないといわれ孫と2人でお焼香ができた。
講師の白山師のお話も入ったり出たりで、中途半端にしかお聞きできなかったのは残念でした。

さて永代経も済み、緑の風かおるという言葉も似あうゴールデンウイークである。
子供をどこかに連れていかないと、という子供も、もう人の親となり、それぞれの楽しみをしている。
お墓詣りの方とお話したり、住職と2人で前庭のつつじを見て珈琲を楽しむ連休だ。

今朝、井上陽水の「人生が二度あれば」という曲をたまたま聞いた。
内容は
65歳の父ようやく余裕が出てかけた茶碗でお茶を飲んでいる
母は64歳家族と子供のためにいきてきた。
そんな父や母を見ていると人生が誰のためにあるかわからない
人生が二度あればと・・・
年老いた父母はこたつでお茶を飲みながら若い頃の話をしている…夢見るように・・
人生が二度あればと・・・

陽水は叫んでいた。

人生が二度あればと思ったこともないわけではない。
もう逃げ出したいと思ったこともある。
でもそうしなかった。
できなかったのかもしれない。
はっきりとした目的があるわけではないから、惰性で過ごしてきたかもしれない。
振り返ると自分にとって良いことも、悪いこともあった。
その、おりおりに自分の思いと、まわりの状況で選んできたのだ。
思った通りの人生などあるとは思えない。
他者とのつながりで、いわゆる絆で生きているのだから自分の思いだけで生きてはゆけない。

二度目の人生があったら、私はどう生きたいのだろうとぼんやり思う連休である。
明日からの天気、なんだか下り坂かも・・・・・。