千手観音菩薩

私の目の前に

「仁和寺と御室派のみほとけ」
千の手をもつ、
ただひとつの観音さま。
国宝「千手観音菩薩坐像」、
東京へお出ましです。

という大きなカラーの新聞紙大の大きな広告がはってある。

これは東京国立博物で開催されている展覧会の広告だ。
住職はさっそく出かけてみてきた。
余りの大きさと、どこかひかれるものがあるから広告を板の戸に張ってみた。

密教の仏様はなんとなく苦手だ。
葛井寺(ふじいでら)の本堂の様子を再現しているらしい。

仏像の回りに千本の手があり、然も其手の先には目が付いているらしい。
仏様からも見られているのか。

この仏像がこんなに長い間大事に信仰され、今の東京で多くの人が見ているのだ。

ちょっとした疑問というか思うことがあった。

千本の手についている様々な薬つぼや鐘や道具類仏さまに病気のことや、困りごと、願い事いろいろなことを千本の手によって解消してもらいたいと頼むのだろうか。それはお願いしたら叶うのだろうか。

阿弥陀様の教えは自分自身のことを別の自分の目で見ていくことかと思っているのだが。
大きく仏教、お釈迦様の教えというくくりの中に浄土真宗も真言宗も曹洞宗もある。
絶対の信頼を寄せてお願いする、人には出来ないような修行をした人が尊敬されると思われる教えと、あなたの問題ですよといわれるのが、同じ仏教といわれるのがちょっと疑問。

実際私も頼みたくなる。自分の努力では解決しがたいことはどうぞ仏様お願いします、とお任せしたくなり、お任せの逆方向は他力の働きか?
考え足りず行き止まりになってしまいました。
これを書きながら仏像を見ていると、心が静まってくるのは何でしょう。