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お待ち受け法要・報恩講

平成22年10月24日午前11時より法要をお勤めしました。

当日は供茶式、御法話、法要、会食の日程でした。

今回は明福寺の記念事業として、今迄3年にわたってのご旧跡参拝と真宗本廟のお参りの旅行の部、と記念冊子の発行の計画がありました。
それぞれの担当の方の熱意のお陰で冊子は、「宗祖を憶う」と「明福寺の四季」としてまとめることが出来ました。
この冊子は記念品として皆さんに読んでいただきたいと思います。
供茶式はお寺のお茶の教室の指導をいただいている、山口宏子先生にお願いしました。
阿弥陀様のお前に副住職がお茶をお供えしました。

御法話は水戸の報仏寺ご住職河和田唯彰師のお話しでした。

当日はゆっくりお聞きする時間がなく、後日、ビデオでお聞きしました。

そのなかで心に強く残ったことは、親鸞聖人の正像末和讃のなかにあるもので、法話やご法事などの後で歌われる歌にもなっていますが、
恩徳讃のお話しでした。

恩徳讃
如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
骨をくだきても報ずべし

お話しのなかでこの和讃を創られたのは、聖人が関東の布教から京都に帰られて88歳の頃、しかも決まった住居に落ち着くこともなく暮らしておられた頃。
実子の善鸞さんを教義上のことで義絶するという頃だったのです。
90歳に亡くなられる少し前のことでした。
身を粉にしても骨をくだきても如来の恩徳に報ずるという強い強い思いだと感じられます。
自分の息子を80代になって義絶しなければならない、その辛さ。
それ以上に如来大悲には身を粉にしても骨をくだきても恩徳に報ずる、という教えに対しての絶対の信頼があったのだと思うのです。

この強さを小冊子の「宗祖を憶う」の扉にも掲載した、鏡の御影のお顔を見るとしみじみと感じられます。
死後750年経った今、どのようにしても曲げられなかった教えをいまの時代に、どのように自分が受け取っていただいていくのか思わせられることでした。

ご法話の後正信偈を皆さんでお勤めいたしました。ご本堂に一杯の唱和に坊守感激!

色々な場でご協力いただいたご門徒の皆様有難うございました。

来年はいよいよ親鸞聖人750回御遠忌です。

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