2月は逃げる

お正月はあっという間に過ぎました。
さて、2月も早や19日です。
二月は逃げるとも聞きました。
その通りですね。

門の前の梅もちらほらと咲き、今日の朝、青空に日差し、北風の中に黄色い水仙が一輪咲いていました。
孫たちも上は4年生、3年生になり、2人は今年小学1年生になり、それぞれに3月には卒園式。
自分は若いつもりでも私の2人の子供?は40前ということですから年を取るのは当たり前なんですね。

昨日、お寺で聞法会、土曜法話がありました。
ご本堂で正信偈のお勤めをしてから、法話があります。

立ったり座ったりして落ち着きません。
もう一度聞きたいと思いますが、往生と成仏というお話でした。

往生は死んでからなのか、死後に往生するのか。
いや今生きているときに往生が定まるのか。
大谷派の見解は生きている現在に往生できるということのようですが。
さて自分が往生したということをいつ体感できるのでしょうか。

死んで何も苦しいことがない、ある意味自分に都合の良い夢のような極楽に行けるかも、そのためには仏さまをお参りして先祖の供養をするその道はわかりやすいですがどうも納得できない、信じられない。

人間死んだらゴミになるといった裁判官?がいましたがまあ肉体は滅びて骨と灰になるのですが、さてそのあとどうなるか全くわからないです。
わからないですが、釈迦が説かれたという諸行無常という言葉にひかれます。

すべてゆれ動いて常ではない。
今という時間を選び、生きていくということかなどと思うのです。

お寺に暮らしていながら、真剣さが足りなくて、このまま時間を無駄にしたくはないと思うのですが・・・・。

家族や門徒の皆さん、回りの人の言葉に一喜一憂してこの年になっても落ち付かない自分です。
いつも平常心を持って、安定した気持ちで毎日を過ごしたいと思います。
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