春らんまん

4月21日、来週は永代経法要だ。

早い早い、年を重ねると、余計にそう感じるようだ。

お寺の庭にも2本の山桜、八重桜が1本。近所のさくらより遅れて、八重桜は今が満開だ。
あまり天気も良く、青空に薄紅色の八重桜は本当に美しい。
そんな時は、玄関の腰掛に、座ってお茶を飲んだり、パンとコーヒーのお昼にしたり、外に出かけなくてもひっそりとお花見ができる。
元々お寺には御衣黄桜というのか、薄緑の桜の木があった。
この花は中々近所では見かけることがなく、新宿御苑にでもいかないとお目にかかれない。

今年も一度見たいなあと思いつつ、なかなかそうならない。

今朝そうか、今年見れなかったら来年見る等という保証はどこにもないということに気づいた。
それが年を取るということかも。
実家の母が珍しいところに一緒に行ったりすると、「私ももうここに来ることはないだろう」などと言っていたことを思い出しました。ようやくその年になってわかりました。「老人が若いものにはその年にならないと、年寄の気持ちはわからない」というのは正しいと思いました。同年代の皆さんはそう感じることはありませんか。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。