阿弥陀さんはつかれている?

我が家の3人目の孫はお姉ちゃんたちが2人小学校へいったあと、私たちの部屋へ良く来てくれます。
お話も上手になり、お姉ちゃんたちの真似をして、おやおやこんなことを言うようになったと思うこともしばしばです。

私が本堂でお花の水を変えたり、お参りをしていると、ばあばはいと言って、お焼香のところにかけてあるお念珠を渡してくれます。

小さな手にお念珠をかけて椅子にちょこんと座り一緒に手を合わせています。

今朝のこと、「仏さんは疲れているね」というのです。
「なぜ」と尋ねると、「だっていつも立って椅子がないから」というのです。「確かにいつでも立っているよね、つかれるかも」と言ってはみたものの・・・・、本堂やいろんなところでああ疲れたと言ってしょっちゅう椅子に座る私を見ているからでしょうか。

なぜうちの阿弥陀様は立っているのかしら、こちらに向かって歩みだそうとしているのかしら。

まだまだ心底阿弥陀さんの正体がわからない、困ったことがあるとご本堂でそのことを反芻して、ついつい阿弥陀さんに相談してしまう私のことを、毎日見てしょうがないね、ほんとにいつまでも椅子なしで待っているのは疲れるなんて思っていらっしゃるかもしれません。

毎朝、「阿弥陀さんこんにちは、今日もよろしく、隣にいてください」、と言ってる私を、どうぞ宜しくお願いします。

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