終活について

旧盆も済み、夏休みも後10日余り。
暑さ続きの7月に比べ此のところ、雨の日が続き、空気が湿っぽい。
暑いと暑いと文句を言い、雨が続くとまた文句が出る。
都合の良い天気と、出来事を望んで、自分勝手な毎日です。
お寺にいたら、清廉潔白で仏さまのことばかり考えているかと思うとさにあらず。
不平不満、自分の気持ちを誰かに聞いてもらいたかったり、悩んだりの毎日です。

先日、新聞の1面の下の本の広告に目が留まった。
それは死んだあと家族、子供たちに迷惑をかけないように終活をするための本だ。

親の葬式をするのは迷惑なんだろうか、というのがまず疑問。

そうですと言われたらもう送られる順番になった者としたら一言もない。

自分ならと振り返ってみると実家の両親は毎日の世話、そして最後のお世話を兄夫婦にしてもらい、都合のいい時だけ都合のいい娘であった。
このお寺の前坊守の葬儀は住職とお寺のみんなで勤めた。

まあ、面倒には違いない。
お金もかかる。
かつては家族関係がもっと濃かったから、関係も良いにつけ、悪しきにつけもっと具体的な人を送るという気持ちがあった。
自分をこの世に送りだしてくれた両親であり、家族であったから、しなければという気持ちであって、迷惑とは思っていない。
育ててくれた時のさまざまな思いがあるからでもあるし、順番でもあるからだ。

さあ、これからのこと、70歳前になると俄然迫ってきた感がある。

孫の成人式まで持つかなあなどとひそかに思ったりする。
死後のことまで自分の差配でやらなくてもいいかなあ。
その時、その役をやってくれる人にお任せするしかないです。
死んでまで口出しはできませんね。

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