このごろ


アットいう間に10月の10日になった。
お彼岸前が嘘のように朝夕は温度が下がり油断できない。

そんな中、先日坊守会の一年一度の1泊研修会が千葉の幕張のホテルで開催された。

今年の講師は東京6組の因速寺住職、武田定光氏。
テーマは、「問いの中に答えありー〈ほんとう〉という生活基準を生きるー」 でした。

お話しを聞いて、お寺にいて真宗の教えはこうなのか、ああなのか、お念仏を称えたらどうなるのか、往生するとはどんな意味なのか、頭で分かる、分からないと思っているのですが、既成概念を横に置いといて、ほんとうとは何なのか、分からないことに問いをもって行きたいと思いました。

もう一つ親鸞聖人は偉い人、分からないことを知っている人という思い込みも横に置いといて、ほんとうという事を求めるという大地は皆、横並びで佛の教えに対していると教えていただきました。

その後の話し合いの中で、お寺の中にいてお寺はこう在るべき、坊守はこうあるべきという既成概念にとらわれている自分に気づきました。
それはお寺で生まれ、おてらの住職と結婚をし毎日の生活がそうだったからでしょう。
目の前にあることをやっていかなければという30数年でした。

ミスターチルドレンの「名もなき唄」
・・・・・・・・
あるがままの心で生きられぬ弱さを
誰かのせいにして過ごしている
知らぬ間に築いていた自分らしさの檻の中で
もがいているなら
僕だってそうなんだ
・・・・・・
だけど
あるがままの心で生きようと願うから
人はまた傷ついてゆく
知らぬ間に築いていた自分らしさの檻の中で
もがいているなら誰だってそう
僕だってそうなんだ

この歌がココロにしみてきます。
自分らしさって何でしょう?
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