病院日記2

だんだん回復してきて、車椅子、歩行器というころであった。

病院では9時消灯なのだが、そうすぐには眠れない。
そんなときは本を読むか、ラジオを聴くかテレビを見るかなのだが、たまたまチャンネルを押すと確かNHKの教育Eテレで、「○○分でわかる名著」という番組でパンセについて話していた。

名著は「パンセ」であった。
パンセは高校の社会か倫理社会あたりでフランスの思想家パスカルの書物としての理解であり、変わった題名、人間は考える葦である・・というフレーズが出てくるくらいの理解。

眠れぬまま、たまたま見ていると

「選択の自由があるところから苦悩がある」という言葉があった。

今の自分を考えて見ると手術にあうまでは生死が問題であった。

もし手術がうまくいかなかったら死ぬかもなどということが頭をよぎったこともある。

さて、うまくいって目を開けて、主人や娘の顔が見えたとき、生きていたんだとその喜びがあった。

さてその次には水を飲みたい、寝返りをしたいと生きていた喜びはどこかに行ってしまう。

さらに眠れない、足が言うことを利かない不満。食事ができ、歩くことに慣れてくるとさらに次々と欲が出てくる。

主人が今日は見舞いに来てくれないし電話も来ない(怒・不安)、家の中は、お寺のほうはうまくいってるだろうか、娘の家族は変わりないかしら、住職は私がいなくても大丈夫かしら(笑)悩みはつきない。

もっとシンプルに生きていることに感謝したいと思った。

これを帰宅してから住職に話したら「人間の四苦八苦の求不得苦ということかだね。求めても求めても満足することがない。」ということ。

選択することができることを感謝したい。

ちなみに広辞苑によると

「考える葦 パスカルがパンセの中で人間の存在をとらえた語。人間は葦にたとえられるような弱いものであるが、考えるという特性を持っているとして、思考の偉大さを説いたもの。」


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