花火

昨日、大田区の多摩川での花火を見てきた。

娘家族4人と川崎の多摩川土手から対岸の花火を見る。
息子と孫のハッチも揃い、孫3人がそろっていわゆるかしましい。
隣のシートには小学生の女の子4人がそれ以上ににぎやかで歓声がやむことがない。

思っていた時間より1時間近く遅く始まったので、子供たちは花火まだかなあと待ちわびていた。
突然ドドーンと花火の花と閃光が響く。
大人も子供も大歓声と拍手だ。
もちろんジイジとバアバも大拍手だ。
打ち上げるところが見えるほど近くで見たのは初めてだし、花火が頭の上に落ちてこないかと思うほどの迫力だった。
夏の夜、涼風、花火そんな場にいてふと思い出した。

昔読んだ、芥川龍之介の小説だったと思う。

「手巾」(ハンケチ)だったかなあと思うが、フランス人の男性と日本人の未亡人との会話のように思うのだが
「きれいな花火ですね」
「人生は花火のようなものです・・・」
そんな会話をしながらにこやかな夫人を見て、この人はご主人が亡くなって悲しくないのだろうかそうフランス人は思う。

その時テーブルの下にものを落とし、拾った折にふと夫人の手に目が行った。
にこやかな夫人の手は、引き裂けんばかりにハンケチをつかんでいた。
落としたものを拾い上げると夫人は相変わらずにこやかな笑みであった。
日本女性とはこういうものかとフランス人は思う。
こんな話だったと思う。

花火の瞬間の美しさ、そして舞い上るケムリと火薬の火の粉を残して跡形もない。私の人生は花火のようなものなのだろうか。
この幸せな時間をともにしたことは、私の記憶の中に残るだろう。

人生の中で花火のように美しく輝いていたのかは自信がない。
これから光輝くことはどーかなあ・・・。
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