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京都の報恩講

2013.12.01.20:48

京都東本願寺・真宗本廟の報恩講は11月28日の親鸞聖人のご命日をご満座としてその前21日より1週間勤められる。
何回かおまいりをする機会があったが25日の夜、午後5時からの御伝鈔という座にはお参りしたことがなかったので、急に思い立って午後2時からの逮夜に、ご影堂に向かった。
定刻よりちょっと遅れたのでもう正信偈の声が響いていた。
あいにくの雨模様。

扉を開けると正面の親鸞聖人の木像のお姿がぱっと目に入った。
大勢の人の最後列にようやく座り手をあわせる。
なんだか懐かしい、自分の元の家の玄関を入ったようだ。

立場的にも役割上まあ手を合わせてお念仏、南無阿弥陀仏と唱えては来たが、今日のような素直な気持ちになれたことはなかったなあ。
なぜ南無阿弥陀仏なのか、その意味は、わからないことを棒読みにして何の意味があるのか、そんな気持ちはどうでもよかった。
自然に口からお念仏が出た。
このように自分が生きてきたこと、面白いこと、つまらないこと、よいと思うこと、悪と思うこと、そのままの自分なんだ。そんなふうに思えた。

本廟のもっている雰囲気、そしてご影堂の中から湧き上がる正信偈の声、その中にたった1人で座っているとそんな思いでいっぱいになった。
お勤めの後の恩徳讃がお堂の中に響き、752回目のご法要をこんなにも沢山の人がお参りしていることに驚いてしまう。

何年か前、お寺で発行している「明福寺だより」に、続けてご両親をなくされたご門徒の女性が書かれた文を思い出した。
「子供のころから親とおまいりしてきたお寺、明福寺。そして今お寺の門の前に立つと、いつでも私を待っていてくれたこと。この東京の真ん中の場所に親鸞聖人の教えにふれる場、お寺が江戸の世から続いていることが奇跡のように思われる。」そんな言葉を寄せてくださったことが思い出される。

そう、親鸞聖人はいつもこの場所で私を待っている、そう思えた。

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