流行り最先端

2018.02.12.11:08

最先端には最も距離のある人間だ。
回りを見て、なんとなく動くという臆病者。
今回だけは、最先端の舞台に上ってしまった。

そんな大上段に言うこともないが、インフルエンザにかかりました。

1月の31日から具合が悪く、医者に行くとインフルエンザのBと診断。熱はせいぜい38度だが胸が痛い。
もしかして肺炎かなど悪い方に考えてしまう。
年をとったらかからないとか一応予防注射してるしなどのんきなことは言ってられない
.結局10日ほどぐずぐずしている。
とにかく具合が悪い。寝てもいられないような、テレビや音楽を聴くことも嫌、いわゆる身の置きどころがない。
直りが悪いのは70になったせいか。ほとほと嫌になった。

熱が下がっても椅子に座って日向ぼっこをして何もしない。
絵本に出てくるおばあさん見たいになっている。
なるほどおばあさんが日がなぼっとして日向ぼっこをするというのは自然なことなんだと妙に納得。

免疫が下がっているから人込みを避ける。無理をしないと医者にもいわれ、暖かい春の日ざしが待ち遠しい。
幸い家族には移っていないのがありがたいことだ。
食事は進まないし、お風呂も中々。
健康のありがたみがよくわかりました。

偶然、いや必然

2018.01.26.21:49

先日友人のお寺のお琴のひき初めを聞く機会に恵まれた。

明福寺でも法要の際に、ご門徒の方の縁で筝曲演奏を何回かさせていただいたことがあった。
然しゆっくり聞く状況でもなかったので初体験のようなものである。
お琴に触ったこともない。まったくご縁が無い楽器だ。

聴衆は、ひき初め出演の先生方が交代で、で尺八の演奏と共に、題名にふさわしいそれぞれの美しく、迫力のあるものであった。まったくの聞き手は、私だけというもったいないような演奏会である。

さて本題はそこでお会いした婦人のことである。

会場となったお寺の坊守さんの紹介で
「中根さん、この人も盛岡出身よ」ということから、休憩時間に隣の席でお話する機会に恵まれた。

どちらにお住まいですかということから、どんどん話が広がる、驚いてしまった。

Kさんの実家は盛岡中心地で古くからの商家で、そこの娘であった。
盛岡人ならだれでも知っているお店。
私の実家も大谷派の寺であるので大抵の人が名前くらいは知っている。
kさんの実家のお寺もすぐ近くでしょっちゅう前を通るところである。

さらに同じ高校の出身。
私の旧姓の松見という苗字は盛岡に何軒あるのかと聞かれるので、私の叔父の家と2軒しかないと答えると、幼い頃叔父の家を訪ねたこともあり叔母の遠い縁戚に当たるという。

さらにおまけのような話だが、私が数年仕事をしていた事務所が入っていた放送局で、バイトをしていたことがあるという。
共通の知人も多くいた。

私が、この日の琴の会に誘ってもらったこと、当日出られる状況であったこと、また二人が盛岡出身だと知って紹介してくれたこと。

この一つの偶然が一つでも欠けていたらこの出会いはなかった。
周りで様子を見ていた人たちも「聞いてるだけで面白い」と驚いていた。
私もこの偶然の重なりに驚いている。

これが偶然なのかまたこれが必然となるのだろうか。

久しぶりに盛岡べんで話した。

懐かしい、私を育ててくれた故郷。



新しい年 平成30年

2018.01.12.22:56

お正月も3日となり、今日は12日になりました。
元旦は早朝みんなでお勤めをして、孫たちも着物で,お雑煮を頂きます。

午後1時からは、ご門徒の皆さんとお正月のお勤め、修正会です。
皆さまと正信偈をお勤めしました。有難うございました。
例年よりも暮れ、正月のお寺詣り、お墓まいりの方々が多く見えたように思います。
墓地はお正月のお花松や千両がきれいです。

さて恒例の箱根駅伝が二日三日とありました。
二日は本堂でのお参りと同時間なのでヘリコプターの音を聞いて、お雑煮を食べながらテレビ観戦しています。
往路東洋大学優勝。
次の日は青空の芦ノ湖、富士山の元スタート。
横浜を過ぎたところ家を出て高輪郵便局あたりで応援しました。
ついたらすぐ青山学院が一番で走りすぎました。
その後は順次、車を止めているのでずっと遠くまで見通すことができるので、みな体を乗り出してみています。

来るなとわかるサインがあるのです。
まず遠くで旗が揺れ始めます。そして向かいのビルにわあーという歓声が響いてきます。そして選手の姿が見えてきます。大きな声がビルにぶつかって無人の国道に響いてきます。それも箱根駅伝らしい感じです。

アッという間に1月も半分過ぎました。孫たちも学校が始まり連日、大きな書道の道具やら、音楽の道具やら大きな荷物を持って元気に学校いきます。
12月の31日には年末の慌ただしさで今日中にすべてやらなくては、そういう時間の壁があるのですが、除夜の鐘をテレビで聞いた途端に、やり残しがあっても一気に壁を乗り越えるというか壁が崩れる感じがあるのはとても不思議な気がします。

70年の間その壁を乗り越えてきたわけですね。
いろんなことがありました。
これからもいろんな年の暮れを過ごすのが楽しみです。

 去年今年貫く棒のごときもの 高浜虚子
 平凡を大切に生き去年今年 稲畑汀子

平成29年さようなら

2017.12.31.22:35

毎年このころになると今年はどんな一年かと振り返るのが常だ。
さて私の一番のニュースは70歳になってよくここまで生きてきたというのが正直なところ。

そして急にいかにも70の体力になってきたことに気が付く。
なるほど年寄の言っていたことはこういうことであったのだ。

ところがである。
暮れのお墓詣りに来られた、Sさんはこんなことは微塵も感じさせない方である。
彼女はもう80歳を超しておられる。
ご家庭の事情でお孫さんを20年育てられた。
そのお孫さんが学校を終え、社会人となった。今年の4月のことだ。
そのことはわかっており、やっと安心した。けれどもその後体調が悪く、自宅で過ごされていた。
ある時思い立って働こうと思って、以前働いていたところに午前中パートの仕事に出た。
本来なら80の人を雇うところはないが、お話もしっかりしておられるので採用されてここしばらく働いているというのである。
疲れませんかと尋ねるといいえ、かえって調子がいいんです。というのである。

そしてさらに、依然やりたいと思っていた保育の勉強もしたという。
読書、本の好きな彼女は、さらに今後の目標は小説を書くことだという、そのための講座も受けてみ見るつもりだと話された。
玄関先でのお話でこんな事を知った。

恐れ入りました。
私は70になった。あああれもできないこれも無理無理そんなできないベクトルしか見つけられない。
こんな生き方もあるんだ、それは自分で決められる。
自分の生き方は自分しか決められない。

幸いに皆元気に年を越せそう。
後1時間半となった、平成29年12月31日。
何か新しい変化が明福寺にも、住職と私にも訪れる予感が・・・・・
今年も一年皆さんのお世話になりました。有難うございました。
新しい年がよい年となりますように!

29年秋・報恩講お勤めしました

2017.10.29.16:17


平成29年10月22日、報恩講お勤めしました。
今年も無事お勤めできました。

住職と結婚して41年になります。
お寺を出ていた時期もありますが、この40年の間、初めて本堂でお参りすることができました。ややもすると朝お参りしただけで、当日のさまざまなことに追われてお焼香することもなかったこともたびたび。

今年お参りしたこと、それには次のさまざまな理由がありました。
今年の報恩講は3月に15世住職中根流情師の100回忌に当たっておりその法要も合わせてお勤めするということでした。
副住職の流情師の既に発行されている「法話のはなし」の中からのお話。住職からは流情師の人となり、業績についてのお話が最初にありました。
次に、400年法要から今年で3年、ご法話をお願いしている、松見宣成師(坊守の実兄)の法話も初めて生でじっくりお聞きできました。この2年の法要でお話を聞きましたが、その次を聞きたいとリクエストしました。

また、兄が真宗の教えについて了解したことの原稿がある事を知り、この法要に合わせて出版し、「阿弥陀さんこんにちは」という冊子を皆さんにお配りすることができました。
私が真宗の寺の娘として生まれ、また明福寺の坊守として暮らしていく中でぼんやり疑問に思っていたことがあります。この本を読んで疑問に向き合うことができ、見えてきたものがあるような気がします。(見えましたということが断言できないのがつらいとこですが)。ちなみに表紙は桃色ですが、何色にするか決める時、ふと、兄が大学を卒業したころだったでしょうか、初めて作って法要に出たときにつけていたお衣の色を思い出しました。それが、この色でした。是非読んでいただきたいと思います。

次に、音楽法要をお勤めしました。
正式には形式があるのですが、明福寺方式でお参りの方みんなで歌おうということでした。
常の法要でも真宗宗歌と恩徳讃を歌っていますので、そこに2曲プラスして、三帰依、回向を春頃から今までの法要や法座の折りに練習してきました。
リハーサルもなしでお参りのご法中、ご門徒も初めての進行でしたがスムースにお勤めできたと思います。
これには准坊守がピアノの専門家であるということも大きく、練習できました。
この法要に皆さんと一緒に歌いたい、お参りしたいという思いでした。

あいにくの台風の雨の中で、「行くつもりでしたが、足元が・・・」というお電話もいただき、私だってこんな雨の外に行きたくないよね、などとお参りは少ないかもと思っていましたが、遠くは名古屋、伊東など、またタクシーがなかなか来なくてと濡れながら来て下さったり本当にありがとうございました。
また例年のことですが、進行の打合せ、会場の設営、お斎(お弁当)の用意に前日からきてくださったみなさんいつもありがとうございます。
年なりにつかれましたが、皆さんおかげで報恩講をお勤めできました事、感謝しています。
準備もそろそろ次世代に任せて、お参りしたいと思います。

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