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8月に入りました

2018.08.06.23:47


遇う人ごとに暑いですねと言葉を交わしています。
余り冷房が好きではないこともあって、例年頭がぼおーっとするころ初めてクーラーのお世話になっていた。
今年はさんざん熱中症のことが言われ、事実耐え難い暑さにクーラーは途切れることがない。

この暑さの中、お寺の外壁・外装の工事をお盆の後から始めている。
連日の暑さの中。
まず足場を組みシートを張る。
外壁を水で洗って、新しい塗料を吹き付けている。
かんかん照の中職人さんは朝早くから夕方まで仕事をしているのを見ると頭が下がる。

仕事とはいえ気候によって暑かったり寒かったり大変な仕事だ。
大変な仕事だが必要な仕事だから、本当に有難うという気持ちになる。

日本に台風が近付いているので明日から少し気温が下がり、雨模様になるらしい。
といいながら八王子、山形など豪雨にあっているらしいから、寒ければ寒い、暑ければ暑いと文句をいい、降らなければ野菜や水が心配、雨が強ければ土砂崩れや川の氾濫が心配。
いつもの通りの自己中心ですが、身近なところから律していこうと思います。

暑い暑いお盆

2018.07.17.13:09


東京のお盆はなぜか7月で、13日から16日。皆様暑いところよくお参りでというご挨拶が自然に出てしまいます。
西日本では大変な豪雨の災害があり、ニュースで見ていると、冷房の効いた部屋にいて、毎日お風呂に入れる生活が申し訳ないように思います。

13日にはお盆の法要が勤まりました。
暑いところ大勢の方が本堂でお参りされ、ご法話をお聞きしました。
講師には私の兄が来てくれましたが、前に「阿弥陀さんこんにちは」という冊子を配った事、開創400年法要、報恩講と今回で4回目ということもあり、法話を聞きたいと残って下さいました。奥さんのお兄さんってどんな人という方もおられました。

お話の中で心に残ったことは立ち位置の転換という言葉でした。

毎日の暮らしの中で、いろいろなことがあり、自分のこと家族のこと、回りのことそれぞれの影響を受けて暮らしています。
その毎日で自分はどうしたいのか、どう生きていくつもりか自分を外から見て、そこから見直していくことのような気がします。
私の立っているところから仏様のいるところに道は有るのか、細い橋でもかかっているのでしょうか。渡ってみたい!

新盆法要

2018.07.11.19:36

7月8日は昨年のお盆以降亡くなられた皆さまの新盆法要でした。
暑い中ご家族でお参りになりました。

それぞれのお家にはいろんなご事情が垣間見えます。

亡くなられた前後のお話をお聞きすると、それぞれの方にそれぞれの人生があるなあと思います。

私の今までの生き方を振り返っても、その時々に選択をして生きてきました。
そうはいっても自分が決めたと頑張るほどでもなく、その時々の私を取り巻いているいろんな状況、時代ということもあります。
あれは必然だったのか偶然だったのかと思うこともあります。

年を重ねると、段々残り時間が少ないなあと思うようになりました。
これからの1年3年5年どんな偶然と必然の間で生きていくのかなあ。
もちろんそれが無い可能性もあるわけですが。お任せするしかありません。

法要が終わって、着替えて一息。
13日にはお盆の法要が勤まります。
新住職にとっては住職として初めての新盆法要と盂蘭盆会法要です。
本堂の内陣の座り方も前住職と交代。
住職挨拶も交代。そういう事なんですね。
新しい体制になれなくて、夫に電話が来たりするとついつい住職に代わりますと言ってみたり。
住職を今までの通り副住職と呼んでみたりしてしまいます。

13日の法要のご法話は前坊守(私)の実家の兄、松見宣成師のお話があります。

今回で4回目ですが、今回も楽しく?そしてお帰りには心に響くものと思います。

暑い日になりそうですが、本堂庫裡を冷やしてお待ちしています。
どうぞお寺まいり、お墓まいりにお出かけ下さい。

掲示板

2018.07.09.15:31

お盆も近くなっていよいよ夏。
朝の散歩も早起きしないとちょっと出るのがおっくうになる、けれども健康の為、体形の為何とか出るようにしている。
お寺の前はかなりの坂道だが公園に直行するときは、往復この坂道を汗をかいてあえいでいる。 
帰り道にはあるお寺の掲示板が目に入る。
  あたり前が
    ありがたい
と書いてある。
最初の日に感じたことは、あたり前って何だろう。大きな出来事、困りごともなく平穏なことだろうか。そもそも人によってあたり前の基準が違うんじゃないかと思った。ある人に取って周りから見たら、大変そうと思うことも、その人にとってあたり前の毎日かもしれない。
そうしてみると変化しない毎日がありがたいのだろうか。それはちょっと変。

最近多く読まれている「君たちはどう生きるか」吉野源三郎著という本を読んだ方はおられるだろうか。
実は私は読んではいないがテレビで紹介されたので大体のあらすじは承知している。
1973年に発行されたものだが最近読みやすい形の冊子と漫画になって子供たちにも読まれているらしい。

15歳中学生のコペル君と父親のいない彼を見守るおじさんのやり取りが描かれる。

 ・・・おじさんのノートには「ありがたい」という言葉を考えてみろとある。「ありがたい」とは、「感謝すべきことだ」とか「お礼をいうだけの価値がある」とかいう意味で使われているが、この言葉のもとの意味は、「そうあることがむずかしい」という意味であり、「滅多にあることじゃあない」という意味だと書いてある。自分の受けている幸せが、めったにあることじゃあないと思えばこそ、われわれは、それに感謝する気持ちになるのだと。

 そうですね。
あたり前がありがたい・・という言葉の中に、あたり前はそう有ることが難い。

今日も生きて、明日も当然のように生きているつもり。

普通のこと、あってあたり前の毎日は、有ることが難いから有難い。

平成30年5月

2018.06.26.22:17


さて5月はいろんなことがありました。
4月の永代経にお参りの方々に住職を交代します。とお知らせしました。
そして副住職が京都真宗本廟に行き、住職継承の研修を受けてまいりました。2名の明福寺の役員の方も同行していただきました。
3日間の研修と最終日には住職の辞令を頂き、東本願寺の大師堂で親鸞聖人の月命日のお勤めに出仕してきました。
30年も前、9歳の夏休みに京都ご本山に行き、お得度を受けました。頭をくりくりに剃って、黒の衣をつけ一人のお坊さんになったのでした。今年彼は39歳です。30年の年月がありました。
お寺にも、私たち家族にも、決して平坦な道ではありませんでした。ご門徒の皆さんの支えで何とか今があると思っています。
お寺の長男として生まれ幼い時から、そのように仕向けてきたとも言えますし、またある時点からお寺をついでいこうと思ってくれたのだと思います。

そして京都から帰って、お朝事のお勤めを7時と決めて、皆さんにもお参りしていただきたいとの願いから、朝、ご本堂の扉を開けてどなたでもお参りしていただく用意をするようになりました。
お参りしているのは今のところ家族ですが、小さな孫と私がお参りする時間を作ってくれたことに感謝しています。
正信偈を一緒にお勤めし、御文、歎異抄の1章を読み口語訳を読んでくれます。
その後、新住職が思うところをお話します。それに続いて疑問に思っていることを尋ねたり、その時思った事をみんなが話します。
先日の朝のご和讃は        訳文
 清風寳樹をふくときは     そよ風木ずゑふくときは
  いつつの音聲いだしつつ   いつつの音聲いだしつつ
  宮商和して自然なり     しらべ和みて自然なる
  清浄勲を禮すべし      そのいさをしをたたふべし
このご和讃は宮商(きゅうしょう)という2つの音色が合わされて、それが自然であるというのです。

この御和讃はには思い出があって、お聞きしているとその時のことが思い出されました。
ある先生の本を読んでいたら、友人の息子の結婚のときに贈ったという言葉の中に、このご和讃があったのです。
まったく違った人生を送ってきた二人が一緒に暮らしていくとき様々な音を合わせて和していくということ。

娘と息子の結婚式をお寺で挙げたとき、山門の掲示板にこの和讃を書きました。

このお寺に住んで、お寺の仕事をして、前住職にとっては47年、私にとっては42年。
色々なことがありました。
これから心静かに暮らしていきたいと願っています。





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